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第25'

​作/野の花、加筆/OgawaSaki

 

隣にカティアの存在を感じる。沈み込んでいたユリウスは、カティアが部屋に入ってきたことに気付かなかった。

 

「注文していたドレスを、つい先ほど仕立て屋が届けにきたんですよ。少し、おしゃれをして、気分転換をはかってみませんか?」

 

「お気遣いありがとうございます。でも、今は何かをする気分ではないのです」

 

がっくりとうなだれていたユリウスが、カティアを見るために一瞬だけ顔をあげた。その瞳には涙がたまっている。

 

カティアは、ユリウスの気が進まないことは、ふだんは控えているが、珍しく声をかけ続けた。

 

「ほら、とてもすてきに仕上がっているでしょう?」

 

カティアの声のするほうに、ユリウスがちらりと目をやると、鮮明なマゼンタピンクのドレスが目に飛び込んできた。だが、その明るく華やかな色合いは、暗く湿った気分のユリウスには、ひどく不似合いに感じられる。ユリウスは、目を下に向け、ぼそりと言った。

  

「とても美しい色ですが、わたしには少し鮮やかすぎます」

 

 

 

しかし、カティアはユリウスの手を取って鏡台の前に座らせ、手際よくユリウスの金髪をコテで巻いていった。

 

「あなたは、王子様になる教育を受けてきたんですね。あなたのような女性らしいお姫様が、王子様になろうとするなんて、さぞ苦しかったことでしょう。でも、これからはお姫様になって、弱っている王子様を助けてさしあげませんか」

 

何も考えられないユリウスの耳には、カティアの言葉は素通りしていく。だが、どういうわけか、まるで意思のない人形のように、カティアの言われるままに、立ち上がったり、手をあげたり、反応したのだった。

 

「まあ!やっぱり大輪の花のようですわ」

 

カティアがいつもより少し高めの声をあげたので、はっと驚いたユリウスは、きょろきょろあたりを見回した。

 

「な、なにが起こったの?」

 

そこでやっと、うつろだった目が開き、ユリウスは、いまや派手なドレスのなかにいることに気付いた。

 

カティアは、ユリウスにおかまいなしに、にっこりした。

 

「色には力があるといいますが、マゼンタピンクは、見る人を元気する色ではないかしら?見ているわたしまで、若返ったような気になりますもの」

 

カティアは、声を立てて笑った。

 

「こんな色の花を見ると元気が出ますし、明るい色の花には、勇気を与えたり、エネルギーやパワーを与える力があると思いませんか」

 

ユリウスは、いつになく強く語るカティアのほうに顔を向けた。

 

「ご覧なさいな。あなたは、こんなに鮮やかな色に負けないほど美しいんですよ」

 

カティアは、鏡に映ったユリウスに再三微笑みかけた。ユリウスは、いつものように素直なまなざしで話し手を見つめている。

 

「もし、生まれながらの美しいお姫様に、かなわないと思っているのなら、それは間違っていると思います」

 

カティアには、ユリウスの心のうちはお見通しだ。しかも、鬱々とした考えを、間違っている、と小気味よいほどすぱっと切り捨てた。

 

「侯爵様は、大怪我をして、最も会いたかった人のところに連れて行くように指示をなさったと聞きました。侯爵様には、あなたが必要なのではないかしら?」

 

ユリウスは首をかしげた。

 

――わたしが、必要とされている?

 

「でも、そうだとしても、わたしには何もありませんし、何ができるのでしょうか?」

 

「まずは、そばにいて微笑むだけで、いいと思います。道端の花だって微笑んでいますが、あなたは、それ以上の存在ではありませんか。わたしが思いますに、あなたは愛と美の使者になれる女性ですよ」

 

ユリウスは、はにかんだ。そして、少し間をおいてから、最高の微笑みとともに、カティアが今まで見たこともないほど優雅にお辞儀をしてみせた。

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